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東京高等裁判所 昭和46年(ネ)2492号 判決

控訴人 株式会社佐々木建設工業

右代表者代表取締役 佐々木初太郎

右訴訟代理人弁護士 森時宣

被控訴人 渡辺耕男

右訴訟代理人弁護士 関谷信夫

同 軍司育雄

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し、本件土地(原判決添附物件目録記載の土地)につき水戸地方法務局鉾田出張所昭和三二年九月一二日受付第三一九四号をもって為された所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。訴訟の総費用は被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は主文第一項同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張及び立証は、左に附加する外、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(被控訴人の主張)

一、被控訴人の前主たる渡辺万之助の本件土地所有権の取得原因につき、被控訴人は従前、右万之助が控訴会社から、代金は万之助の有する売掛債権をもって充当するとの約定のもとにこれを買受けたと主張していたが、これを、第一次的に右買受、仮定的に右と同旨の事実関係に基く代物弁済によるものであると、その主張を補正する。

二、控訴人は右取引につき取締役会の承認がなかった旨抗争するが、これを否認する。右取引については、昭和三一年一二月三〇日開催の控訴会社取締役会の承認を経たものである。仮に然らずとしても、控訴会社はその代表取締役佐々木初太郎の個人会社というべきところ、同人は右の頃前記万之助に対して本件取引を承認しているのであるから、控訴会社が今に及んで上記主張を為すことは、信義則に照らし許されない。仮に被控訴人の右主張が認められないとしても、控訴会社の実体は上記の如くであり、株式会社というそれは形骸にすぎないから、控訴会社の法人格は否認せられるべく、従って本件取引につき控訴人主張の如き承認は不要である。

(控訴人の主張)

一、右被控訴人主張第一項の事実は、万之助が控訴会社に対し主張のような売掛債権を有することを含め、すべて否認する。

二、仮に万之助と控訴会社との間に被控訴人主張のような売買ないし代物弁済行為が存したとしても、右万之助は当時同会社の取締役であったから、右取引については商法二六五条により取締役会の承認を要する。しかるに本件については、被控訴人主張の頃控訴会社の取締役会が開催された事実はなく、従って亦その承認も存しない。よって右取引は無効である。

(立証)≪省略≫

理由

当裁判所も亦控訴人の請求を失当(被控訴人の抗弁は正当)と認めるものであって、その理由は、左に記載する外、原判決理由説示のとおりであるから、これを引用する(但し原判決四丁裏六行目に「開催の原告会社の取締役会の承認を得た上」とある部分は後記判示のように改める)。

本件の実質的争点は結局、控訴会社より渡辺万之助に対する本件土地の譲渡行為の存否及び効力に帰着するところ、原判決がその認定の根拠とした各証拠に、≪証拠省略≫を総合し、弁論の全趣旨を参酌すると、

(一)  右渡辺万之助は控訴会社の取締役であったが、かねて同会社に対しセメント等を有償で提供し、昭和三〇年六月二日現在、その売掛残代金四八万七九〇〇円存していたこと。

(二)  他方控訴会社は、訴外渡辺藤樹より昭和二五年本件土地(当時農地)を買受け、同二九年これが転用許可を受けて間もなく宅地に造成していたこと。

(三)  ところで控訴会社は、昭和二四年設立登記を了した土木建築工事の請負等を営む株式会社であるが、右設立以来少くとも昭和三一・二年頃までは、法定の手続を経た正規の株主総会や取締役会が開かれた事蹟に乏しく、会社経営の根本方針や日常の業務運営及び会計等に関する重要事項の決定は殆んど代表者たる佐々木初太郎の意思によって決せられ、阿久津一郎など一部の役員がときにこれに参画する程度で、役員一同以上の状況を了承していたこと。

(四)  昭和三一年一二月三〇日控訴会社の役員会ということで、代表取締役たる佐々木初太郎や、当時取締役であった渡辺万之助及び阿久津一郎、監査役であった沢畑清祐の四人が一堂にし会たが(なお取締役としては他に二・三名存したものの、同人らはいずれも遠隔の地に居住する名義上の取締役にすぎず、平素から役員会等に出席することは殆んどない)、右席上、佐々木初太郎より「渡辺万之助に対する上記の債務に充当するため、同人に本件土地を譲渡したい。」との趣旨の話があり、右万之助を含む出席者一同においてこれを了承したこと。

(五)  かくして右土地の譲渡を受けた万之助は、これをその子の被控訴人に贈与することとしたのであるが、まず万之助を省略した移転登記を考え、翌三二年七月、日付を同月一〇日付とし、売主控訴会社、買主は直接被控訴人、代金を一〇万円とする土地売渡証を作成したものの、後に関係者全員の同意を得て、元所有者渡辺藤樹より直接被控訴人に対する売渡証を作成し、これに基き同年九月一二日本件登記を了したこと。

(六)  尤も本件土地は、その後も控訴会社が使用しているが、しかしこれに対し、万之助らは度々その引渡を求めていること。

(七)  なお控訴会社の財産目録等には、その後も本件土地と目される物件がその資産の部に計上されているが、叙上の経緯に照らし、右は手違いその他の原因に基くものと推認できること。

等の各事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

叙上認定の各事実関係によると、渡辺万之助は控訴会社より昭和三一年一二月三〇日上記売掛債権の代物弁済として本件土地を取得したものというべきところ(従って万之助の所有権取得原因に関する被控訴人の第一次主張たる買受の点は失当である)、これに対し控訴人は、取締役会の承認の不存在を主張する。そして上記判示によれば、被控訴人が取締役会と主張する昭和三一年一二月三〇日の会合は、法定の手続を経て正規に開催せられた取締役会とは未だ認め難いところである。

しかしながら、商法二六五条が会社と取締役間の取引につき取締役会の承認を要するとした所以は、右取引により会社ひいて株主の利益が不当に侵されないことを期したものに外ならないと解すべきところ、本件にあっては、前叙のとおり、控訴会社の経営やその財産管理の基本方針は実質上殆んど代表者たる佐々木初太郎の意思によって決定され、他の取締役等の役員はかねてこれを了承してきたのであって、控訴会社はいわば佐々木初太郎の個人会社ともいうべきものであり、しかも本件の代物弁済に関しては、上記のとおり、名目上の取締役を除き、実質上会社の運営に関与している取締役三名全員(なお監査役一名)が一堂に会し右取引に同意しているのであるから、これらの各事実に照らすと、右代物弁済が控訴会社の利益を不当に侵すものとは認め難いところである。従って本件については、右の同意の外に、更に正規の取締役会の承認があることは、これを要しないものと解するのが相当である(なお実質上の株主全員の同意があるときは最早取締役会の承認を要しないとした最高裁判所昭和四九年九月二六日判決・判例時報七六〇号九三頁参照)。

以上によると、渡辺万之助は有効に本件土地の所有権を取得したものというべく、しかして同人がこれを被控訴人に贈与し且つ関係者の合意により元所有者よりの中間省略登記が為されたことは既述のとおりであるから、被控訴人の本件登記は有効である。

とすると、右登記の抹消を求める控訴人の請求は失当であるから、これを棄却した原判決は結局相当であり、本件控訴は理由がないので棄却すべく、民事訴訟法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 古山宏 裁判官 青山達 小谷卓男)

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